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回遊者たち

2020.09.23
向山裕展
回遊者たち
会期:2020年9月23日(水) → 10月5日(月) 
会場:新宿髙島屋10階美術画廊
最終日は午後4時閉場。

新作「グレート・ジャーニー」。座礁した鯨を描きます。
国内で発見される座礁鯨は年間300頭ほどにものぼると言われています。
一頭の鯨が餌を追って、または外敵に逃れ誤って浅瀬に入り、それに続く様に何頭もの鯨が浜に打ちあがります。
ゲノム解析により判明してきた人類の拡散は、600~500万年前のアフリカを起源とされる我々の祖の、恐らくたった一人の異端による長い旅の始まりだったのかもしれません。
年間数千キロを移動すると言われるザトウクジラや、我々人類の祖は、最期を迎える瞬間に生まれ育った故郷を懐かしむのでしょうか?
一切の無駄を排除し、静けさの漂う画面構成でありながら、圧倒的な生命力が放たれるモチーフをドラマチックに描いた新・近作、約15点を発表いたします。
どうぞご高覧ください。

 新宿髙島屋美術画廊



清らかな急流、水面に目を凝らすと、巨大な魚影がくろぐろとひしめいています。視線を水中に転ずると、底砂を掘ったくぼみには珠のような卵が散りばめられ、精子の白煙にまかれながら、光り、揺れています。

実に多くの生物種が定期的な移動、すなわち「回遊」や「渡り」を行います。越冬の為や、餌を求めてなど目的は種によって様々です。たとえばサケの仲間は、海で成長したのち、 産卵のために母川へ帰還する「遡河回遊」を行うことが知られています。如何にしてふるさとの川を過たずに探り当てるかは依然、生物学上の大きな謎のひとつです。

幼少を過ごした風景を懐かしみながら、自らのルーツに、始原に向けて文字通り遡行していくときの気持ちはどのようなものでしょうか?煉獄の責め苦を受けるように、魚体の傷つきように反比例して瞳の透明度は増していくようです。やがて自らの出生地に至り、エネルギッシュな生殖を行い、そのまま力尽きて死んでいきます。

自分の一生の因果を、最期の瞬間、霧が晴れるように知り、重い円環がガチャリと閉じる音を聴く。また同形の環が前後に果てしなく鎖しているという実感を、魚の頭でどのように感じるものでしょうか。「来たところへ還る」流れに浮かぶ白く濁った目に、全き死を受け入れ表情が看て取れます。

向山 裕


右「グレート・ジャーニー」
アフリカに出現した人類の始祖は、海岸線に沿って移動しながら、次第に生息地を拡げていきました。貝塚の研究からは、海岸で採集できる魚介で暮らしを支えていたことが伺え、その中からは大型鯨類の骨もしばしば見つかります。
当時、船舶や充実した道具類を必要とする積極捕鯨が可能であったとは考えられず、浜に打ち上げられたものを利用していたようです。
座礁した鯨を特大の恵みとして歓迎する文化は世界中に見られ、本邦でもアイヌにおいて、座礁鯨のもたらす幸に感謝する鯨祭や歌もあったことが知られています。
ひょっとすると人類は、鯨を求めて歩きつづけているうちに、いつの間にか全大陸への進出を遂げたのかもしれません。

中央「幽霊」
約7,300年前、鹿児島沖で海底火山(鬼海カルデラ)が爆発。
噴出した約100立方キロメートルの火山灰は西日本全域に降り積もり、一部は東北に達しました。至近であった九州・四国は、陸上のなにもかもが晦冥のなか厚い灰の下に埋葬され、ゆたかに育まれていた当地の縄文文化は忽焉として姿を消します。
数十年後、静寂の大地に最初に芽吹くのは、芒をはじめとする火山性土壌に耐性をもつ植物群です。
灰の沙漠は、こがね色の草原に変わります。
風にさわぐ尾花のなかに、見え隠れする人影は、縄文人の幽霊でしょうか?

左「失神」
高空(この絵に描かれて居るのは約7000m)を飛ぶマガンです。
普通「渡り」の際は群で編隊を組み飛行しますが、このマガンは単独で高度記録に挑戦し、酸欠で気絶し、失墜しつつあります。
個体としては異常者ですが、個体群で考えれば、こういう危険を冒して可能性の限界を押し広げる役目のものが常に僅かなパーセンテージで含まれており、種の存続に重要な役割を果たします。
確かなライトスタッフを持ち、誇り高く、無茶をして死ぬのが仕事です。


右「沼矛(ヌボコ)」
日本列島は4つのプレートの交叉点に位置し、地殻の活動がきわめて活発です。
国生みの神話によると、神が矛の先をもって海面を攪拌することで陸地が生じ、これが大地のはじまりとされています。
我々の祖先が海上にあって、中天に昇る海底火山の噴煙を目撃したとしたら、また後日同地に訪れると一面の海原であったところに真新しい島が生じていればどうでしょう?噴煙柱を天から逆しまに刺さった矛と見なし、すべての陸地生成をそのアナロジーで理解したとしても不思議はありません。
大地の成り立ちを科学的に知る遥か前から、かたい大地をなんとなく流動的なものとしてとらえているようで、おもしろいと思います。

中央「帝国」
ササラダニという、全長1mm程のダニの一種です。
人畜に無害な土壌性のダニで、植物の分解者として生態系上の重要な役割を担っており、一掬いの腐植土の中に山のよう隠れています。
黒光りするなめらかな体表には、周りの風景がきれいに映ります。

左「兄弟たち」
上流域で孵化したサケの稚魚たちは、本能に導かれるまま海に降ります。
自分の一生がなぜその地ではじまったかを知るのは、十分に成長し、繁殖の使命を負って再訪を遂げたときであり、同時に死を受け入れるときでもあります。
ほとんどの兄弟姉妹はこの過程で落命していきますが、思い出すことがあるでしょうか。


右「貴人」
岩窟に潜むウナギ。
ウナギは遠くマリアナ海溝で産まれ、はるばる日本の河川まで旅をし、成長を遂げてからまた出生地に戻って産卵するという、特異な生活環を持ちます。
近年遺伝子解析の結果、元はと言えばマリアナの深海魚の一種であることがわかりました。餌の豊富な成長地を求めて回遊するうちに河川を遡るまでになったようです。日本の里山でコイやフナやタナゴと一緒に暮らす深海魚がいると考えると変な感じがします。
このウナギは複雑な出自を持つ彼らの中でも、とりわけワケありな血統やんごとない貴種であり、身を隠しながらも自ずから燐光を帯びています。

左「ホウネノマキア」
ホウエンエビです。
初夏、田んぼに水が入るとどこからともなく賑やかに湧いて出て、泳ぎ回ります。
実は大変起源の旧い生き物で、2億年前からほとんど形態を変えていない「生きた化石」なのです。
仰向けで泳ぐ不思議な姿にはどことなく旧世界の生き物的な佇まいがあります。一月も経つと、あれほどいたホウエンエビは儚く水の泡と消えてしまいます。その短期間に大急ぎで産卵を行い、卵は田土の中で翌年の初夏まで乾燥に耐えながら眠ります。
マキアというのはギガントマキア、ティタノマキアなどギリシア神話に伝わる神代の戦を指す語で、新旧支配者の交代を引き起こすような大戦に付けられます。夕映えきらめく田泥の雲の合間で、無数のホウネンエビが戦っています。


右「私の彼」
オスのマガモが浮いている姿。
マガモはつがいで居るのをよく見かけますが、これはメスの目線から見た、若くて凛々しいオスのいでたちです。
意外と知られていませんが、カモ類は夜行性で、夜間に採餌しますので、背景が黒いのは夜であるからです。
ちなみに猟の時はつがいのどちらを先に撃つかという心得があり、メスが先です。
メスはオスが撃たれると躊躇なく飛びますが、逆の場合は呆然とすることが多く、二羽得られるから(と言われています)。
悲しい話です。

左「神話」
大人になっても、久しぶりに海を見ると心が騒ぎますし、波打ち際を見ていても心に染みてくるものがあります。
縄文人が海を見たときに示す感慨も同じかなと思います。特に縄文人は、多くの生活の糧を漁撈により得ていました。
自然を神格化し、万物に精霊の気配を感じていた頃の記憶が自分たちにも残存しているのだと思います。


「ニホンナマズ」
ナマズを捌くとたまに腹から卵巣が出てくることがあり、予想外の色彩にびっくりします。
どういうわけか真緑なのです。
梅雨の頃、大雨が降ると、ナマズ達は普段の住処をそわそわと出発し、水田や氾濫原に集まって来ます。雨中夜間の事であまり人には知られません。そこで産卵と放精を行い、ビーズくらいの卵があちこちに散りばめられます。1〜2日経つと、橄欖石のような緑色球にくっついた極小の魚体が、非常に元気よく尾を振っているのが観察できます。さらに顕微鏡下に置くと、扁平な顔に二対のひげが見て取れ、もうナマズの面影があることが知れます。


「夜も寝ない」
鮭の稚魚です。イクラが孵化し、幾分成長した姿です。
腹についている袋は臍嚢といって、母親からもらった栄養分が詰まっており、自力で採餌できるようになるまでの間、成長に使われます。これは川底のかげで夜休んでいる情景ですが、臍嚢の栄養によって気力がみなぎっており、眠れなくなっている様子です。
若さですね。


「モモンガ」
暗闇を飛翔するモモンガ。
これを機にひとつ覚えていただきたいことが。
飛んでいるモモンガの前足をよく見ると、手のひらをグッと外に向けて、幕をピンと張る努力をしていることがわかります。かなり可愛い感じになってしまっています。
今後どこかでモモンガのイラスト等を見かける機会があれば、この手のひらの描かれ方をチェックしてみてください。たいていの場合、お手上げのような緊張感のない指先になっています。


「カツオノエボシ」
漂着したカツオノエボシです。
猛毒の触手を持ちデンキクラゲの異名で知られています。
浮き袋を海面に浮かべ、風を受けて漂いますが、季節になるとしばしばこうして浜に打ち上げられます。
蠱惑的な色彩につられて手が伸びそうですが、死骸になっても攻撃力を失わないので危険です。


「エリンギ」
子供の頃、椎茸や舞茸やブナシメジが並ぶいつものキノコ売場に、唐突に変なキノコが加わった日のことをよく憶えています。
ラベルには「エリンギィ」という耳慣れない名がありました。
その後、実にスムーズに日本の食卓に入り込み、今では本邦のキノコ生産量第5位という不動の地位に収まりました。
カオリヒラタケという和名も考案されたものの、なぜか剥き出しの学名であるエリンギの方が通ってしまったため、あれから二十余年経った今でも、ちょっと外国人と同居しているような感覚があります。

※作品コメント:向山裕

画廊入口にて巨大エリンギがお出迎えしております。
今展のために創造された回遊者たちをぜひご堪能いただきますようお願い申しあげます。
新宿髙島屋美術画廊

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