TAKASHIMAYA BLOG新宿タカシマヤ

RESONANCE EFFECT

2020.03.25
RESONANCE EFFECT
会期:2020年3月25日(水) → 4月6日(月) 
会場:新宿髙島屋10階美術画廊 
最終日は午後4時閉場。

□出品作家
宏二郎
鶴川勝一
山田航平
光内亘利


美術史や映画、サブカルチャーなどから着想を得、着想の元となった既存のイメージを引用した上で油絵の技法を用いて表現している山田航平。

宏二郎は、個と全体、ミクロとマクロ、生と死、自己と他者、人と人、人と自然、隔たりと繋がり、絵とそれに出会う人・・・。様々なものの「間」、ニュートラルなところから、私たちが今ここにいることの意味や在り方を想像し、一筆一筆に込めてゆきます。

そして、「私は人間を描きたいのです。表面を削り落とした全ての人間に共通するものを。他人様の事は良くわかりませんので、ひたすら鶴川勝一という人間を描いています。」という鶴川勝一 は「染色」での制作をメインに活動しています。

光内亘利の作品は観賞者がそれぞれもつ精神世界の物語へと誘ってくれる突破口のようでもあります。

共鳴する4人の作品世界をどうぞご堪能ください。






□作家コメント
鶴川勝一
制作技法は、染色技法の『筒描き』です。
染色での制作に拘る理由として、色糊を作る際に、色の濃度を変えられるため、より制作時のリアルな感情を表現出来る事が一番大きな要因です。
凹凸箇所は、綿を詰めて染めた色の線上を綱渡りをする様にミシンで縫い、立体的になった箇所は、布独特のマチエールとして感じて貰えると思います。
私は常に感情の色彩に溺れています。
心は色々な感情をビビットに感じやすために、喜び、怒り、哀しみ等の色に瞬間的に溺れてしまうのです。
私は人間を描きたいのです。表面を削り落とした全ての人間に共通するものを。他人様の事は良くわかりませんので、ひたすら鶴川勝一という人間を描いております。
作品は、私の理想や命が『現実』によって砕かれた瓦礫の様なものです。風化する事も無くひたすら瓦礫は積み上がっていく、私の作品群を是非ご高覧ください。

山田航平
私は、美術史や映画、サブカルチャーなどから着想を得て絵を描き始めます。
自分の身近にあるもの、自分が強く関心を持っているものに対する憧れや愛憎といった感情を、着想の元となった既存のイメージを引用した上で、古典的な油絵の技法を用いて表現しています。
私の制作は、ポップアートへの憧憬、アプロプリエーションアートへの共感、イラスト的な絵画への親しみといった要素に拠るところが大きいのではないかと思います。
はじめは作品制作を行う上での学習として美術史や様々なジャンルの作品鑑賞を行なっていましたが、次第にそれ自体が作品のテーマになっていきました。
他者の作品鑑賞を通しての創造的な戯れが現在の私の最大の関心ごとです。
自分にとってリアリティのある作品を作るために、他者の作品を通して得た独自のアイデア・組み合わせこそが自分自身であると強く感じるがゆえに、引用をもちいた作品制作を行っています。

光内亘利
「かわいい」というのは、一体なんだろうか。
鳥獣戯画や、尾形光琳の水墨画、円山応挙(狗子図)などみてもかわいいと思いますし、現代のマンガや、アニメの中にもかわいいと感じるものが沢山あります。
また、西洋にも同じように感じるものが溢れています。
私はそんな細いながらも確実に脈々と流れるかわいい表現に目をむけ、ユーモアや、物語を乗せて作品にしています。
制作にあたっては、滑稽なもの、未完成なもの、など取るに足らないものにも非常にかわいさを見出すことや、今までに、自身がかわいいと感じ影響を受けた沢山のものを反映して作品づくりを行っています。
 
宏二郎
ものや情報が嘘も本当も混然となって溢れ出るこの現代、本当の豊かさとは何なのか、その存在とは何なのか―。
震災から9年。僕ら人間は、どこへ向かおうとしているのか、地球は僕らを乗せてどこへ向かおうとしているのだろうか―。
生と死、光と影、ミクロとマクロ、個と世界、自己と他者、人と人、人と自然、絵とそれに出合う人、宗教と宗教、僕は様々なものの関係においてその「間」というニュートラルなところから、うつろいゆく世界の普遍的な何かを探り続け、僕たちが今ここにいることの意味や在り方を想像しながら一筆一筆に込めています。
僕の描く絵はいくつかのシリーズに分けられます。
1、「そこにあるもの」(その中から派生して蝋燭シリーズや「火群」「青の囁き」が生まれます)
2、「そこに―」
3、「Icon(イコン)」
の、主に3つ。
1、シリーズ「そこにあるもの」は、うつろいゆくものの儚さや、存在することの意味を問う作品群で、現在237点目になります。
その一環として蝋燭の題材がありました。蝋燭を最初に描いたのは2005年。そしてその6年後、東日本大震災が起きます。それを機に、何かに導かれるように、複数の蝋燭が揺らめく「火群(ほむら)」シリーズを描き始めました。
実際にアトリエでたくさんの蝋燭を灯してみると、その蝋燭一つ一つが照らし合い、揺らし合い、溶かし合い、徐々に一つの大きな気流を生みます。それは、鎮魂や祈りと同時に、生きとし生けるものが共に影響し合い、限りある命の火を燃やしながら、今を生きるこの世界の在り方を示唆しているように感じます。
2、「そこに―」は、ただ静かにそこにある光景を描いた作品群で、例えば、壁に映る光と影の中、小さな生き物が佇む姿、鳥が飛んでいる空など、うつろいゆく日常において見過ごされがちな何気ない一刻をとらえて、そこに個と世界、自己と他者、人と自然との程よい間合いを探ります。
3、「Icon(イコン)」は、端材や古材、流木、漂流物などに直接蝋燭を描いたシリーズ。
一般的にイコンとはロシア正教などキリスト教における聖像、崇敬の対象としてキリストや聖母が板などに描かれたものをいいます。
僕自身はキリスト教ではありませんが、蝋燭はどの宗教においても、いつも祈りのそばにあるものです。そういった宗教を超えた祈りのかたちとして何かあればと思い、描き始めました。
また流木や漂流物に描いたものは2017年に岩国に移住してきてから生れたものです。海や山が近いこの地で、自然を身近に感じ、うつろいゆく時の流れに思いを馳せることができるものとして流木がありました。
拾い集めては、そこに仄かに宿る何かを、祈りにも似た想いで、そっと灯し描いています。

「青の囁き」について
煌めく波のシリーズ「青の囁き」は、ある大切な人の死が影響しています。その葬儀の時のお坊さんが言われた中に、死生観を海に例えた言葉がありました。それは、ひとつの生というのは、例えるなら一つの沸き立つ波のようなもので、それは立っては消え、また立っては消える。
そしてそこには生も死も同等に抱きながら大海原が広がっています。その言葉をお聞きしてから、自分の中で何かすとんと、腑に落ちた感じがしました。
今そこに広がる瀬戸内海をただ眺めていても、そのひとつひとつの小さな波が立ち、またそれらが煌めくことは、その上で輝く太陽があり、宇宙があり、その宇宙に溶け込むように包まれているということを感じます。いのちを宿し、子宮を満たす羊水は、ほぼ海と同じ成分で構成され、海から誕生したと言われている生命は間違いなく僕たちの体内に生き続けています。
僕にとって青は海。青は地球。青は宇宙そのもの。またそれは、羊水であり、そこに浮かぶひとつの命であり、細胞であり、僕であり、あなたでもあります。この宇宙にはすべてが紛れもなく有ると同時に、根本的に自己もなく他者もなく、正義も悪もなく、生も死もない。ただただそこにある。僕はあなたであり、あなたは僕であり、果てしなく遠い宇宙も、そこに散りばめられる星々も、限りなく深い海も、そして僕もあなたも、すべては宇宙の深淵で繋がっているのだと、僕は感じます。
響流十方 ― 。その宇宙、そして海から届いた囁きが、皆の心に響き渡れば幸いです。
合掌
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